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ぶけわらじ
武家草鞋
山本 周五郎
「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页
「二俣山、……ええ、そうです」伝三郎はちょっとまごついた、「そうです、それはどちらのほうですか」
「もっとずっと左のほうでございます、いちばん手前にある低い山のずっと左の端に、こんもりと木の繁った小高い処が見えますでしょう、あれが二俣のお城跡でございます」そう云って娘はふと声を曇らせた、「……わたくしあのお城跡を見ますと、いつも岡崎さまのお痛わしい御最期のはなしを思いだしますの、本当になんというお痛わしい、悲しいお身の上の方でございましょう、考えるたびに胸が痛くなりますわ、あなたはそう思し召しませんか」
「人間は正しく生きようとすると」伝三郎はふと険しい口ぶりでそう云った、「……とかく世間から憎まれるものです、岡崎殿の御最期はお痛わしいというより、寧ろ美しい詩だと申上げるほうが本当でしょう、しかしこんな云い方は敗北者の哀れな悲鳴かも知れませんがね」
終りは自分を嘲るような、ひどく棘のある調子だったので、娘はびっくりして大きく眼を瞠りながらこちらを見あげた、伝三郎もいきなりそんな調子でものを云ったことが恥かしくなり、娘の眼かられるようにざぶざぶと顔を洗いはじめた。