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ぶけわらじ

武家草鞋

山本 周五郎

「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页

青空文庫

三

機会をものがすまいと血まなこになっている、伝三郎はそういう世の中へはいっていったのだ。武士として育ち、またかれのような性格をもって、こういう世相に順応できないのは当然である、新庄藩においてすら敗北したかれの廉潔心は、江戸へ出るがいなやもっとてひどく叩きのめされた、それは武家生活におけるような生やさしいものではなかった、一年あまりの暮しで、骨の髄までかれは叩きのめされたのである。

三

「わたくしは誇張して申すのではございません、また世間の俗悪卑賤をいちいち申上げようとも思いません、しかし世の中も、人間も、醜悪な、みさげはてたもので充満しています、しかもそれが堂々と、威張りかえって……」

手作りの風雅な行燈の中で、油の燃える呟きがしずかに聞えている、老人と相対して坐った伝三郎はこめかみのあたりに太い筋をあらわしながら、いかにも忿懣に堪えぬという口調で語りついだ。

「物を売る商人は、物を売るのでなく代価を取るのが目的です、筆を買えば筆の穂は三日も経つと取れてしまう、手拭を買えば幾らも使わぬうちに地がほつれてぼろぼろになる、足袋は縫目から破れるし草履はすぐに緒が抜ける、……銭さえ取ってしまえばよい、売った品物がどんなごまかしでも、そのために人がどんな迷惑をしようと構わない、ただ銭、銭さえ儲ければよいというのです、しかも