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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

然し、これは、すぐ間もなく、中学へ入ったので

「勉強の邪魔になる」

と、いう口実を造って、逃げてしまった。

八

この尋常小学在学中に、私を可愛がってくれた人がある。相当、父は長く、同町にいるので、町内の人とよく交際していた。その中で、売薬屋をしている楠という家に、一人の婆さんがあった。

この婆さんの娘が「渋川」という特務曹長の妻になっていたが、軍人の事故、時々、転任するので、その間淋しいらしく、男の子は「二宗商店」という、例の「照葉」に指を切らした放蕩息子を生んだ大阪屈指のべっ甲問屋へ奉公へ出ていていないし、それで、私が行くと、いろいろと、もてなしてくれた。家で、間食の味は、殆ど知らなかったが、ここでは、いつも、菓子をもらった。

この渋川特務曹長が、時々、戻ってくると、子が居ないので、矢張り、私を可愛がってくれた。白葡萄酒をのましてくれたが、私は

(世の中に、こんなうまいものがあるだろうか)

と、感じた。早稲田を出てからさえ、白葡萄酒だけは、どうかして、一本欠かさず備えておきたい、というのが、人生の希望の、大きい一つであったが、今頃飲むと、一向うまくない。