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しまでをかたる
死までを語る
直木 三十五
「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页
その時
(きれえやな)
と、感じたが、これが私の初恋らしい。この女は、すぐに、同町三丁目の露路の中にいる畠山しげ子だとわかったが、この事を、友達に話すと、貧乏人街の早熟の子供は、ことごとく知っていた。この女の家が丁度、惣菜の買出しに行く道筋に当るので、それから二三日は通って顔を見たいし、気まりが悪いし、大いに困ったことを憶えている。
だが、それは、ほんの僅かな間で、同じような綺麗な娘が、斜向いの薬屋にいるのに、それに対しては、何んの感情も動かなかったのだから、ほんの子供心の恋情にすぎなかったのであろう。それにしても、十一歳か、十二歳の時で、今だに、名まで憶えているのだから、相当なものである。
この薬屋の娘さんは「おんちゃん」と云った。西村房という名であるが、何故「おんちゃん」と呼び、呼ばれていたか、今でもわからない。私の父は「鬼ちゃん」と呼んでいた。いくど、母に
「そんな名、おますかいな」
と、叱られても「鬼ちゃん」と云っていた。父は、手紙の冒頭へ「真平御免」とかいて、これが、立派な挨拶だと信じているのだから「おんちゃん」を「鬼」にする位は、何んでもない事である。