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すいちゅうのかいじん

水中の怪人

山本 周五郎

「少年少女譚海」博文館、1939(昭和14)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,922 字 · 18 页

青空文庫

そして第二の事件が起った。

それから三日目の夜、ある有名な政治家が書生をつれて月島沖へつりに出た。すばらしい凪ぎの晩で、魚のくいもよく、十二時頃までは、ほとんど入れぐいで面白いように釣れた。ところが、午前一時少しまえになると、今まであんなに釣れていたのがぴたっと止り、こんどはどうやってもだぼ鯊一尾かからない。

「へんじゃないか、源次――」

政治家は船頭の方へ呼びかけた。

「こう急にくわなくなるってことがあるか」

「私もいまそう思ったんですが」

船頭は妙な顔をして、

「沼とか川とかなら、川獺かなにか出てこんなこともありますが、こんな海のまんなかでは……」

「場所をかえるか」そう云いかけたとき、

「――先生!」と書生が殴られたような声をあげた。驚いて振りかえると、

「あ、あれ、あれ※(感嘆符疑問符、1-8-78)」

と震えながら指さしをする。

なにごとかと思って、眼をやった政治家も、

「――あっ!」と云って顔いろをかえた。

ふなばた越しに、蒼黒くぬるぬると光る手が舟のなかへのびてきたのだ。――人間の手ほどもあり、大きくひろげた指のあいだには蹼がある。それはふなばたから蛇のようにのびて、ぐるっと舟のなかをまさぐっていたが、政治家の鼻紙袋へ指がさわるとそれをつかみ、そのままするすると海のなかへ消えてしまった。