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じんちょうげ
沈丁花
宮本 百合子
「文芸春秋」1927(昭和2)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,478 字 · 19 页
からりと格子が開いた。
「いらっしゃいますか」
千鶴子の声であった。出るといきなり、
「あなた丁字の花御存じ?」
と云った。
「丁字? 沈丁とは違うの」
「見て下さい、これ今お友達から送って下すったの。余りいい香いで嬉しくなったから一寸あなたにも香わせて上げようと思って」
千鶴子は手にもっている封筒から、四つに畳んだ手紙を出し、土間に立ったまま、
「ほら、いい香でしょう」
と、はる子の前へ折り目を拡げた。女らしいペン字の上に細かい更紗飾りを撒いたように濃い小豆色の沈丁の花が押されていた。強い香が鼻翼を擽った。春らしい気持の香であった。
「私もこの花は好きよ」
「いいでしょう?」
千鶴子は前垂れをかけたまま亢奮して飛び出して来た、そのつづきの調子で、
「一寸この人字がうまいでしょう?」
など、断れ断れに喋った。
「お上りなさいな」
「いいえ、また。これさえ香わせて上げればいいの、左様なら」
はる子に優しい感銘を与えたこの立ち話しのみならず、千鶴子はいつも帰りを急ぐ人であった。彼女は夜が好きで自分の勉強は夜中するのだそうであった。弟は昼間勤めに出る。朝八時までに食事の仕度をしてやり、それから昼前後までが彼女の安眠の時間であった。