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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

娘はその後、二度程私の部屋に来た。一度は「ほんとに気がつきませんで……」といって、三面鏡の化粧台を店員たちに運ばせて、程よい光線の窓際に据えて行った。一度は漢和の字引をお持ちでしたらと借りに来て、私がここまでは持って来ないのを知り、「お邪魔いたしましたわ」といってあっさり去った。

私がまだ意識の底に残している、娘と何等かの関係ありそうな海好きの店員のことも、娘は忘れたかのように、すこしの消息も伝えない。私の多少当が外れた気持ちが、私がこの家へ出入のときに眼に映る店先での娘の姿や、窓越しに見る艀板の上の娘の姿にだんだん凝って行くのであった。私の仕事鞄は徒に開かれて閉されるばかりである。

私はだいぶ慣れて来た小女のやまに訊いてみた。

「お嬢さんはどういう方」

するとやまは難かしい試験の問題のようにしばらく考えて、

「さあ、どういう方と申しまして……あれきりの方でございましょう」

私はこのませた返事に微笑した。

「この近所では亀島河岸のモダン乙姫と申しております」

私の微笑は深まった。

「他所へお出になることがあって」

「滅多に、でも、お買ものの時や、お店のお交際いには時たまお出かけになります」