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はなかみろうにん

濞かみ浪人

吉川 英治

「サンデー毎日 新春特別号」毎日新聞社、1938(昭和13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,425 字 · 39 页

青空文庫

振向いた時、その男は、いきなり羽織を脱ぎすてて跳びかかって来た。――きらッと、白刃が眼を掠めたので、

『――何するッ』

一閑は刎ね退いたが、もう七十ぢかい老齢である。体に粘ばりのないせいか、その勢いのまま、仰向けにひっくり転った。

『老人。おれに恥をかかせたな。恥をっ』

こう喚いた顔の上に、高く刀を持つと、武士は二度目の踵を蹴って、起ち上ろうとする一閑の真っ向へ――

『覚えたかっ』

と、大なぐりに振り下ろそうとした。

その迅かった事に、数右衛門もハッと思った。国許で辻斬をやったおぼえのある彼は、今の言葉が耳に入らなかったので、それだと直ぐ思った。

彼の伸ばした腕は、一閑の頭へ、刃が降りない先に、その武士の襟がみを掴んで、勢よく引き戻していた。

『下手め! そんな事で、辻斬りができるか。顔でも洗って出直せっ』

――どぼうんと、途端に真っ白な飛沫が橋杭の下から立った。欄干を越えて、一閑の体にも、数右衛門の影にも、水玉がかかった。

『……わっ、冷たい』

不意打の白刃よりも、その方が彼を遙かに戦慄させた。するとその機に、

『お父様っ……』

と、走り寄って、一閑に抱きついた女性があった。