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はなかみろうにん
濞かみ浪人
吉川 英治
「サンデー毎日 新春特別号」毎日新聞社、1938(昭和13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,425 字 · 39 页
涙笑流々相
『多少どころではない。これは大変な事になったものだ。すっかり、座蒲団を上げてみい』
『まさか、君公のお手紙を』
『でも、念の為だ』
皆、顔いろを失った。
酒の酔も、一瞬に、消えてしまった様子。
船の出るのももう間があるまい。帆車がキリキリと闇の空にさけぶ。
『どうしたものだ!』
ただ数右衛門がここで腹を切ったからと云って、それで済む問題でない、第一、松山への使命が遅れる。
数右衛門は、悄然となった。まったく彼の影は、一瞬の間に細く見えた。――つくづく奉公人の器でない事を、今更、自分で知って臍を噛むのだった。
涙笑流々相
もう探しあぐねた。それでも無いのである。
醜い狼狽はもうよそう。
(お詫びだけだ!)
と、密かに肚をすえた。
彼は、墓場のような今までの部屋をそっと出て、灯はないが、川沿いの一室が空いていたので、そこへ入った。
そっと、後から尾いて来た一人は、彼がそこへどっかと坐って、脇差に手をかけようとするのを見ると、
『待てッ、ま、待てっ』
と、必死で抑えた。
『――今、御一同が、とにかく藩邸へ駈け戻って、有の儘、源吾殿まで、御相談に参った。死ぬにしても、それからにせい。