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はなかみろうにん

濞かみ浪人

吉川 英治

「サンデー毎日 新春特別号」毎日新聞社、1938(昭和13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,425 字 · 39 页

青空文庫

厩の悍馬

『数右衛門、出て失せい』

と、門口で云い罵る者がある。追いかけて来た小山田庄左衛門と、その父の一閑なのだ。声高に家の中へ呼ばわりながら、大刀を反らして柄を叩くのだった。

厩の悍馬

喧嘩だという声が御長屋の隅々まですぐ鳴り渡った。藩邸なので、表役人や門側の番士なども駈けつけて来る。

『何の意趣があって、他家へ嫁がせる娘にあらぬ悪罵を浴びせたのみか、娘の部屋へ忍び入ったか。その返答を承まわろう』

『家名に代えても、数右衛門の素ッ首申し受ける。云い条あらば、これへ出て、武士らしゅう云ってみよ』

小山田父子の周りには、何事かと驚いて起きて来た人々が、真っ黒にたかって、宥めたり、理由を訊いたり、かえって怒られたりして、ごった返していた。

どうして又、数右衛門が藩邸を出たか、門番の責任を云い出す者があるし、老臣を迎えに駈ける者があり、屋内へ入って、数右衛門に何か詰問している同僚たちもある。

仄かに夜は白みかけていた。

内匠頭は、早起だった。いつでも、厩に気の荒い愛馬の脚ひびきがし出す頃には、風呂所から上って、祖先の仏間に礼拝しているのが常である。

その間に、夫人は、竹荘と呼んでいる奥殿の離室で、静かに朝茶の釜を炉にかけている。