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はなかみろうにん
濞かみ浪人
吉川 英治
「サンデー毎日 新春特別号」毎日新聞社、1938(昭和13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,425 字 · 39 页
幻影
それに同藩ではあるし――数右衛門はすっかり自分の幸福を信じていた。
江戸詰に廻されて来て、かえってよかったと、その秋から冬まで思っていた。
幻影
数右衛門は、欣しいことは欣しいと表に現わす質だった。
当然、藩邸にいても、此頃の彼はちがっている。
同僚があやしんで、
『不破氏、何か欣しい事でもあるのか』
すると彼は、
『あるっ』
と、例の締まりの悪い襟元から毛ぶかい猪首を伸ばして云うのだった。
『拙者に、相愛の佳人ができたのでな』
『ほんとか。冬にしては、この頃ちと陽気が暖か過ぎるが』
『笑い事ではござらぬ。まだ微禄だし、何の御奉公効いも現しておらぬ故、遠慮申しているが、何ぞの折に、娶ろうと考えておる』
『貴公の胸だけで』
『なんの、先方でも、そういう考えでいるらしい。恋は色に出ぬ程のよさと兼好法師か誰かも云うてある』
『貴公から恋の講釈を聞こうとは思わなかった。一体、その佳人とは誰だ』
『小山田一閑どのの娘』
『え。……お千賀どのか』
『されば』
『あれならば美人だが』
――然し、同僚の誰も、呑み込めない顔つきだった。信じぬいて居るのは、彼自身だけだった。
――と、或る日、