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はなかみろうにん

濞かみ浪人

吉川 英治

「サンデー毎日 新春特別号」毎日新聞社、1938(昭和13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,425 字 · 39 页

青空文庫

江戸はまだ不案内なので、一も二もなく、そう云ってくれた人の好意がうれしかった。

その人は、御腰物番の大高源吾であった。源吾はいつも、御用部屋にいながらそこに同化していない数右衛門をながめて、

(友達がないな)

と、察していたのである。

外へ出てから、数右衛門は訊ねた。

『何処へおいでになるのでござるか』

『深川ですよ』

『深川』

『今夜の会は、永代の千鳥庵でして、大川尻の眺めもなかなかいい所です。まあ一度来てごらんなさい』

物柔かい言葉づかいが、京都の大町人を思わせるような所がある。数右衛門は心の中で、こんな侍は国許の方には居ないなと思った。

久しく酒にも渇いている。心から飲みあう友がないからだ。ともかく数右衛門は従いて行ってみた。千鳥庵といえばいずれ洒落た料理屋であろうと思って。

ところが、そこは静かな川沿いの貸席で、宗匠頭巾の老人とか、医者とか、僧侶とか、町人の旦那衆と云ったような者ばかりが、ひっそりと、墨の香の中に集まって、各、筆と短冊を持ち、咳もせずに俳句を作っているのだった。

(来るのでなかった)

と、数右衛門は後悔したが、追いつかなかった。

夕方、弁当に酒が一本ずつ出たので、せめて、それを慰みに、運座の様をながめていた。