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きつね

狐

山本 周五郎

「産報」1942(昭和17)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,471 字 · 17 页

青空文庫

弥左衛門は食後の茶をすすりながら婿の顔を見た。乙次郎はいつものとりとめのない表情で雨にけぶる庭の緑をみていた。

「なにを釣ろうというほどの、あてもありませんでした、なにか釣れるだろうと思って、ぼんやりでかけたのですが」

「なにか釣れたのか」

「さっぱりだめでした、魚釣りなどもなかなかむずかしいものとみえます」

弥左衛門はつねから、娘の婿は平凡な男でなければならぬと信じていた。とびぬけた才能をもっている者や非凡な人間はとかく圭角の多いものである。拝郷は代々老職の家がらで岡崎藩政の中軸を押えていた。そういう位置に圭角のある者がすわると政治の運用がまるくいかない、非凡な才能よりも、むしろ平凡でよいから抱擁力の大きい、人の「和」をはかることのできる人間でないといけない、弥左衛門はそう考えていまの婿をもらった。乙次郎は老職栂野騎兵衛の二男であった。弥左衛門は栂野とはちょうどよい碁敵で、しばしば往来するうちに乙次郎をみこんだ。どこをみこんだのか自分でもわからないが、あるときかれを見ているうちに、ふいと決心がついたのである。娘の美弥が十七、乙次郎が二十三歳でとしまわりもよかった。