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ろうしつき

狼疾記

中島 敦

「南島譚」1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,540 字 · 47 页

青空文庫

結局各人は各様にその素質を展開するより外に手はない。幼稚だといって嗤われることを気にしたり、自分に向って自己弁護をしたりすることの方がよほどおかしいのだ。女や酒に身を持ち崩す男があるように、形而上的貪慾のために身を亡ぼす男もあろうではないか。女に迷って一生を棒にふる男と比べて数の上では比較にはなるまいが、認識論の入口で躓いて動きが取れなくなってしまう男も、確かにあるのだ。前者は欣んで文学の素材とされるのに、何故後者は文学に取上げられないのか。異常だからだろうか。しかし、異常者カサノヴァはあれほどに読者を有っているではないか。」

しどろもどろの自己弁護の中に、ふと、彼はデュウラアの「メランコリヤ」という版画を――混乱の中に茫然と坐った天使の絶望を思い浮べた。既に四辺は暗く、山手の教会堂の影も見分けが付かない。彼の歩いて行くすぐ傍を、和船が一艘、音も無く後から追抜いて行く。船尾の燈火が水に尾を曳き、船は滑るように橋の下を左へ曲って行く。その動きに誘われるように、彼の考えの糸も、思わぬ脇道に外れ始める。

「畢竟、俺は俺の愚かさに殉ずる外に途は無いじゃないか。