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ねこはち
猫八
岩野 泡鳴
「大阪毎日新聞」1918(大正7)年9月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,513 字 · 39 页
一
一
「おい、大将」と呼びかけられて、猫八は今まで熱心に読み耽ってた講談倶楽部から目をその方に転じた。その声ですぐその人だとは分ってたので、心易い気になって、
「いよう、先生!」わざと惚けた顔つきをしてみせながら、「よくこの電車でお目にかかるじゃアございませんか――さては、何かいい巣でもこッちの方にできました、な?」
「なアに、巣鴨の巣、さ!」
「………」それには彼もさっそく一本まいった。が、この時あたりの乗客どもがすべて聴き耳を立ててきたので、彼は今手が明いて引き上げてきた高座のうえの気分をまた自分の心に引きだしていた。そして乗客どもが皆自分のお客のように見えてきたので、ここはやッぱり何とかやり返してやらねばならぬような気になった。「そうでげしょう、な」と、にわかにもっともらしい顔になって、ちょうどこの時顛狂病院の前を自分らの電車が通ってるのをじろりと見て取って材料に入れた、
「巣鴨なんかにゃア、どうせ気違いか猫八のような化け物しか住んでおりませんから、な」
「は、は、はア」と笑った物があるので、彼はこんな場所ででもいつもの手応えを得るには得たが、場所柄を思ってそのうえの軽口をさし控えようとすると、何だかこの口が承知してくれないようにも思えた。