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りそうのおんな
理想の女
豊島 与志雄
「新小説」1920(大正9)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页
出かける時に、私は秀子へ何か一言云ってやりたかったが、言葉が見つからないうちに、私の身体はもう玄関を出ていた。私は真直に叔父の家へ向った。
それは、恋人に逢いに行くような気持ちでもなければ、恋人の写真を見に行くような気持ちでもなく、何だか神秘なものを覗きに行くような感じで、而も捨鉢な気持ちだった。私は途中から電車を捨てて、辻俥に乗り、幌をすっかり下した。
叔父と叔母とは、僅かな財産を一生のうちにゆっくり食いつぶす覚悟で、ただ隙つぶしに漢学の僅かな弟子を取るだけで、小さな借家に閑散な日を送っていた。私が訪れると、丁度二人共在宅だった。
私は随分長く姿を見せなかったことを詑びた。然し二人はそんな疎遠不疎遠などを頓着するような人ではなかった。私が顔を上げると、いきなり叔父はこう云った。
「やあ随分痩せたようじゃないか。どうしたんだい。顔の色も悪い。」
私は種々なことを尋ねられそうなのを恐れて、すぐこう切り出してみた。
「実は急な用で上ったんです。千代ちゃんの写真を一寸見せて下さいませんか。」
私は自分でも少し声の震えるのを感じたが、叔父は気付かないらしかった。