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たざきそううんとそのこ
田崎草雲とその子
吉川 英治
「文藝春秋 夏期増刊号」1932(昭和7)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,568 字 · 40 页
『まず、御内聞に、御内聞に』
と、退きさがると、小役人が、扇子の上に、金を包んで、
『どうか、今日の所は』
と、来る。中には、役宅の裏へまわして、馳走する奉行もあった。これは、だいぶ実入になったが、八丁堀に顔を覚えられて、向うが、相手にしなくなった。
『少し、河岸を代えよう』
と、こんどは、府外へ眼をつけた。
葛飾の中川は、御留川だった。いわゆる禁漁区域で、将軍家の御用網のほかは、打てないことになる。でこの川筋には、魚鱗の光りが押し合っている。これには、梅渓も一口のって、
『すばらしい、釣場だ』
と、釣竿をかついで、出かけた。
伊奈半十郎の配下が、舟番所から見張っている。五本の釣竿で、わいわいと騒いでいるからすぐ見つかる。繩を打って、代官所へ引っ張りこむと、禍なるかなで、例の「御内聞取り」の本読みにとりかかる。
袖の下で、帰って貰うと、またやって来るのだ。小費いがなくなると、
『どうだ、中川へ』
『よかろう』
と、帰りは、千住か吉原の予定をもって、釣竿をかつぎ出す。
中川番所でも、呆れて、
『また来た』
と、笑って眺めているほかなかった。
拝啓、今年はだいぶ鱸の魚鱗多く窺われ、ほかの魚族も、よき潮模様と相見え候ところ、近来さっぱり御途絶、いかがなされ候哉、秋日を卜し、御一釣おすすめ申上候