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ゆふいんこう
由布院行
中谷 宇吉郎
「社会及国家」1926(大正15)年5月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,779 字 · 14 页
こんな日に限って、夕方になるとよく霽れて来る。山の頂がくっきりと浮き出して来て、雲は細長い帯のようになってその麓に静かに横わっている。
雨上りの夕方、伯父は跣足で庭に降りて、トマトの蔓をしばってやっていた。野菜でも盆栽でも、伯父の作るものは皆よく育つ。浴衣一重で肌寒い思いをしながら、私は傍に立っている。伯父は手を動かしながら、こんな話をする。昔、盆栽の一番の薬は何かと聴いたら、主人の鼻息だと教えた人があったそうだ。盆栽でも、こんなものでも、他人に任せて置くようでは碌なものは出来ないのだ。私は昔、蘭の鉢を沢山並べて、その葉を一枚一枚撫でて、埃をおとしていた伯父の姿をふと思い出した。
Kの主人は、時々珍しい客があると、連れてやって来る。あるいは客の方は口実で、本当は自分が来たいのかも知れない。つるりと禿げ上った大きい額と、鼻の先にのせた金縁の眼鏡とが、三年前に見た時とちっとも変っていない。
この主人は、掌の大きいのが一番の自慢なのだそうである。何か書いてくれといわれると、その掌に一杯墨を塗ってべったりと押して、その横に日下開山二十山を凌ぐこと五分と書くのが得意である。