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とめさんとそのおんな
留さんとその女
山本 周五郎
「アサヒグラフ」 1935(昭和10)年9月4日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,799 字 · 14 页
だから留さんはいつも舳先のところに立って叫んでいる。
「おも舵だ、石炭船が来るぞ」
とかあるいはまた、「あ、危ねえ、ゴスタンをかけろ、とり舵だ」
とか。その役割は留さんの気に入ったらしい、彼はしばしばこう云っていた。
「おらがいねえば三十五号は闇だ」
みんなは彼をすっかり小馬鹿にしている。
一番ちびの十六になる幸保にさえせせら笑いをされている、しかし彼自身はそんなに自分を見限ってはいない、二十年まえにそう思ったように、今でも、
「もうそろそろひと花咲せるのもいい」
と考えている。
そこで蒸汽河岸の高梨の奥さんに、毎月いくらずつかの貯金をしてもらっているわけだ。それはちびの幸保までが、
「蒸汽乗りの面汚しだ」
と憤慨するほど熱心なものであった。
彼の故郷は霞ヶ浦に面した鉾川にある、父親は漁夫で彼はその二番息子に生れた。五人の兄弟と一人の妹がいる、彼はそこでも、親や兄弟たちから小馬鹿にされて育った、彼だけは漁にも伴れて行ってもらえなかった。ただひとつその頃から馬鹿踊が自慢で、これだけは誰にも負けぬ自信があったし、鉾川の人たちも、
「馬鹿踊りは留さんにかぎる」
と許していたのである。