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きけいのてんにょ
畸形の天女
江戸川 乱歩
「宝石 第八巻第十一号」1953(昭和28)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,893 字 · 35 页
そういう場合には、彼は機敏に逃げ出すつもりだった。そして、松永昌吉というものを抹殺してしまえばよい。二度と変装をしなければよい。そうすれば、警察がいくら探しても、彼の所在はわからないからだ。だが、それでは、折角の二重生活の楽しみが打ち切られてしまう。やっぱり、この異常な魅力を持つ別世界の生活は、いつまでもつづけたかった。
それをつづけるために、彼はあらゆる用心をしていた。たとえば、松永昌吉になるのは、一と月に三度、多くて一週間に一度ぐらいにとどめ、それ以上頻繁になることを避けていた。その都度、家庭にも会社にも疑われない口実を設けた。彼は商売上、毎晩のように宴会で帰宅がおそくなる生活だったから、月に三度ぐらいのごまかしをするのは、わけのないことだった。やろうと思えばもっとできたかもしれないが、それ以上の冒険はしなかった。
今から一と月あまり前の夕方、彼は松永昌吉になって、千住のゴミゴミした裏町を、ほっつき歩いていた。そしていつの間にか、小さい工場の黒いトタン塀の前の、妙にガランとした場所に出た。トタン塀の反対がわには、手入れの届かない生垣がつづき、黒ずんだ平家がポツンポツンと建っていた。