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わたしのおぼえがき
私の覚え書
宮本 百合子
「女性」1923(大正12)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,746 字 · 18 页
「上野は?」
今度は、低い、震える声で、
「山下からステーションは駄目。」
猶、詳細を訊こうとすると、
「皆、焼けちまったよ。お前、ひどいのひどくないのって。――」
五十を越した労働者風のその男は、俄に顎を顫わせ、遠目にも涙のわかる顔を、窓から引こめてしまう。
浦和、蕨あたりからは、一旦逃げのびた罹災者が、焼跡始末に出て来る為、一日以来の東京の惨状は、口伝えに広まった。実に、想像以上の話だ。天災以外に、複雑な問題が引からまっているらしく、惨酷な〔二字伏字〕の話を、災害に遭って死んだ者の他につけ足さないのはない。死者の多いことが皆を驚した。話によると、命がけで、不幸な人々の屍を見ないでは一町の道筋も歩けない程だ。経験のある人々は、哨兵に呼び止められた時の応答のしぶりを説明する。徒歩で行かなければならない各区への順路を教える。何にしても、夜歩くのは危険極ると云うのに、列車は延着する一方で、東京を目前に見ながら日が暮てしまったので、皆の心配は、種々な形であらわれた。知る知らないに拘らず、同じ方面に行く者は、組みになった。荷を自分だけで負い切れなく持っている男は、自分の便宜を対手に分け、荷負いかたがたの道伴れになって貰おうと勧誘する。