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わたしのおぼえがき

私の覚え書

宮本 百合子

「女性」1923(大正12)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,746 字 · 18 页

青空文庫

心に少し余裕のあった故か、帰京して数日の間、私は、大仕掛な物質の壊滅に伴う、一種異様な精神の空虚を堪え難く感じた。

今まで在ったものが、もう無い、と云う心持は、建物だけに限らない。賑やかに雑誌新聞に聞えていた思想の声、芸術の響き、精神活動の快活なざわめきが、すーいと煙のように何処かに消えて仕舞ったと感じるのだ。今まで、自分の魂のよりどころとなっていた種々のことは、此場合、支えとなり切れない薄弱なものであったのか。真個に地震と火事で倒され焼き尽されるものなのだろうか。

数日経つうちに、私は、次第に違った心持になって来た。「死者をして死者を葬らしめよ」と云う心持である。焼けて滅びるものなら、思想と物質とにかかわらず、滅びよ。人間は、これ程の災厄を、愚な案山子のように突立ったぎりでは通すまい。灰の中から、更に智慧を増し、経験によって鍛えられ、新たな生命を感じた活動が甦るのだ。人間のはかなさを痛感したことさえ無駄にはならない。非常に際し、命と心の力をむき出しに見た者は、仮令暫の間でも、嘘と下らない見栄は失った。分を知り、忍耐強くなり、自然の教えることに敏感になった私共は、大きな天の篩で、各自の心を篩われたようなものではないだろうか。