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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
13 黒白帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页
そしてどう自由を奪ってみても延福寺に呼吸している一個の骨肉が何とも不気味でならなかった。しかもその処理は自分を措いてはする者がないのである。
「お変りもございませぬ」
信濃は答えた。
充分な答えでないのは彼も承知だろうが、家臣として、多くは口にし難いものらしい。
「信濃……後ろを閉めて、もそっと寄れ」
「はっ。……?」
あとは、主従の声の端も聞えなかった。しかし、それもそう長い間ではなく、まもなく信濃は小壺を退がって、管領邸を出て行った。
まだ夕陽は高く、途々、彼の姿へ会釈する者もまま多い。だが信濃はそれに気がつかないのか、往々、ぽかんとして馬をやっていた。何か尊氏の憑き物を彼が背負って帰ったふうにも見える。――そしてその晩の真夜半すぎ、信濃は、ふたたび尊氏の寝所の小壺へ這うように忍び入っていた。
尊氏はまんじりともした容子でなく、信濃ノ入道が中庭に来て立った気配を知ると、すぐ寝所を抜け出して外に立った。
当然、宿直たちの影がすぐ「……あ、どちらへ?」と、あとを慕って来そうにした。信濃は彼らの怪しみ顔を、叱ッと抑えて、
「御危篤なのじゃ」
そして、もう一ト言。