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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

「ご親切に」

尼の礼は美しかった。

礼儀だけでなく、こんなきれいな尼前が世にあろうかと、卯木は、眼醒めるような心地がした。

おなじように、尼前もまた、卯木の容姿に、眼をみはって、

「失礼ですが、あなた様は」

「はい。この家の者ではございませぬが、柳斎さまのお長屋に住み、何かとお世話になっている下絵描き元成の妻、卯木という者でございまする」

「オオさようでいらっしゃいますか。私たち母子も、柳斎どのとは、国もと以来の長いお知りあい……。が、近年、都に住もうておりますゆえ、四天王寺詣でのせつには、こうして久しぶり、お会いするのを愉しみに、お訪ねするのでございましたが」

「それは、さぞかし、お力落しでございましょうなあ。柳斎さまとて、もう今日明日には、お帰りあっておよろしい頃、ごゆるり、お待ちなされては」

「さあ、どうしたものか」

尼は、自分のそばに、さっきから黙然といる、息子の横顔を覗くように見て、

「のう、……覚一」

と、そっと諮った。

覚一は、声をめあてに、

「卯木さまとやら」

「はい」

答えたとき、卯木は初めて、その息子が、盲人であるのに気がついて、胸が緊まった。