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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

――つい、ゆうべまでも、そこに、隠れていたのである。

――が、日々検断所へ曳かれてゆく一味の消息やら、こんどこそは本腰らしい六波羅部内の噂などを聞くにつけ、彼は、じっとしていられなかった。

わけて、宮中はどうなっていることだろうか。

みかどの、おん悩み。ひいては、み心の動揺までも、案じられる。

さぐりえた噂によれば、東伐の大事を割ッて、関東へそれを密告した者は、みかどの乳父、吉田大納言定房であるというではないか。

こう聞いては、もう、居ても起ってもいられない。身の危険もわすれ、

「どうしても、参内せねば」

と、闇にまぎれて、ついに深草の隠れ家を出たのであるが、はやくも、放免の眼が、俊基の落ちついた宿の先を嗅ぎつけていたとは、神ならぬ彼、今朝もまだ気づいてはいなかった。

「よし、……身清めはこれでいい。……そしての菊王」

「はっ」

菊王は、耳盥の水を、縁の欄から、すぐ下の中川の流れへこぼして。

「次は、御装束でございまするな」

「いやいや、装いは、身ひとりでする。そちは隣の無量寿院へまいって、牛車を拝借してまいれ。――今朝、ここのあるじから申し入れ、先方もおきき容れずみだ。