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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

そこで俄に、下向して来たわけでござりまする」

「高氏の今日の微行は、たれに聞いたか」

「いえいえそれこそは、思わざる巡り合わせでした。何せい、表面は勘当の身とて、大蔵へも伺えず、この鎌倉へ来ても空しくおるうち、ふと、刀鍛冶の後藤助光を見かけました。そしてその助光が、今日しも、葛原ヶ岡の刑場へ出かけたのをみて」

「では、助光のあとを尾けていたのか」

「そうです……。まさか矢来の外の人中に、殿がおいであろうなどとは、夢にも考えられませんでした。思うにこれも、鑁阿寺の置文を遺された先君の、おひき合せと存じられます」

鑁阿寺の置文――

それは、高氏の本質の中で、今では、夢でない現実の胸中図とまでなっていた。

いまも右馬介から聞いた中央の情勢と、幕府内部の政情とを、にらみ合せて、

「必定、今年は大乱」

と観ている確信を、彼はいよいよ以てつよくした。そして、右馬介へも、今夜はそれを、つつまなかった。

高氏の観察では。

これまでの消極的な、事勿れ主義一方では、鎌倉の安泰も保持しきれないことを、近来、幕府自体もさとって来ている。

が、すべてを、相模入道高時の暗愚のせいとばかりする輿論は、当たっていない。