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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

或る日、物見櫓の下で、すれちがッた一少年がある。城内には小姓や下屋の童も多い。しかし、どこか眉目が違う。右馬介は「この和子だな」と直感したので、すれ違いざま、こころみに、

「くまわか様」

と、小声で呼んでみた。

少年は振り向いた。そしてニコと笑った。しかし何も答えず小走りに去ってしまった。

その後も、その少年の姿を、右馬介は、まま見かけた。

――或る時は、本間三郎の小姓の中に。

また或る折は、城の物見の上に立って“鳥も通わぬ”というこの佐渡の空や海を眺めてでもいるような姿も見た。

つねに居る所の、小部屋も分った。物見やぐらの下の、薄暗い廊の角の一室だった。

そこの前を通ると、独り机にむかって、読書していることもある。

「もう間違いはない」

右馬介は、機をうかがって、近づいた。――が、人に近づかれるのを恐れるような眼ざしで、少年はすぐ警戒した。

「たれだい、おまえは」

「柳斎という具足師でございますよ」

「なんの用?」

「お淋しゅうございましょう」

「ううん。ちっとも」

「だって、都には、お母ぎみが、さぞお待ちなのでございましょう」

「……柳斎。あっちへ行っておくれ。