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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

……さ、逃げよう、ここへも来るぞ」

右馬介はあきれた。なんたる無謀だろう。少年の一念なればこそ出来たのだ。思慮ある大人には、出来る芸ではない。

ともあれ、逃げるしかなく、二人は雨の闇をついて走った。そして妙宣寺の土塀の切れ目までかかると、とつぜん――何か、呼ばわり呼ばわり、後から執念ぶかく、追跡してくる者がある。

夢中だった二人は、当然、それも追手の武士と思っていたが、そのうちに、

「や、あの声は、久米内だ、久米内だ」

阿新は急に待ちうけて、近づいたその者と、手を取りあって泣き出した。

男は、山伏姿をしていた。阿新がこの島へ渡って来たとき、本間家へは、船中で知りあった山伏なりと称えていたが、じつは多年、日野家に仕えていた従僕だった。――そして、阿新が城中にとどめられていた間も、妙宣寺の内にかくれて、蔭ながら阿新の身を案じつつ見まもっていた久米内なのだ。

「柳斎どの。くわしいことは、あとで申しあげる。道をかえて、塩屋ノ磯へ急いでください」

「いや、国府川の川ぐちに、島脱けの舟をつながせてある。そこへ行かねば」

「こうなっては、旅籠頼みの舟などは、あぶないものです。