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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

知らぬとはいわさんぞ。おなじ洲に夜泊りしていたもう一艘にいた者を、どこへ逃がした。……さ、それをいえ」

「…………」

「それさえ、素直に白状いたすなら、ここはすぐ解いて帰してやる。さもなくば、夫婦とも、六波羅ノ庁まで差し立てて、白洲の糺問を受けねばならんぞ」

「ゆめ、何も存じません。……私は、舟底に乳児を抱いて寝ておりましたし、良人がどこへ行きましたやら」

「よしっ」

鬼六の舌打ちは、憎悪に変ってきた。急に、ぎらぎらした眼で、辺りの兵を見まわしながら呟いた。

「あとの人数は、まだ雨露次をこれへ曳いて見えぬな。彼奴を縛めて来たら、夫婦を莚に並べて、泥を吐かしてくれる。――その間、赤子を添えて、観音堂の裏縁にでも繋いでおけ」

この朝。

部将としての彼には、なお他方面に、火急な事態をひかえてでもいたのか、言いのこすやいな、部下をひきつれ、藤井寺から古市の出屋敷の方へ向って、馬を飛ばして行った。

その藤井寺へ、雨露次が曳かれて来たのは、すぐあとだった。もちろん、卯木とは、べつな所に監禁された。またなぜか、その日も、次の日も、夫婦は吟味の莚に曳き出されもしなかった。