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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
03 みなかみ帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页
年は、六十といえば六十かと、人も真にうけそうだが、渋紙いろの皮膚のつや、足達者なこと、まだ四十七、八といったところ。
それから程なく。
この奇異な旅法師は、伊賀の名張から大和へ出る唯一の山街道を初瀬川にそって、長谷寺の麓へ出ていた。
六月の日盛りである。
わけて今年は猛暑だった。五月中から雨がなく、田は干ワレて、田植えもできない地方やら、立ち枯れの苗が諸所に見られ、空怨めしげな農家の声を、つんぼのように、今日の空も、雲さえ見せていなかった。
が、賽日でもあろうか。
長谷詣りの男女が、この炎天にもめげず、密集していた。その中に、さっきの旅法師の姿を探してみると、彼はもう夢中らしい。子供の眼つきそっくりである。門前町から沿道の露店やら大道芸人やら立売りなどまで、見洩らすまじと、人に揉まれ揉まれ、眼をくばり歩いているふうだった。
「白粉売りか。なるほど」
また、少し行って。
「櫛挽きだな。ほう、櫛はこうして挽くものか」
まんじゅう売り、心太売り、数珠屋、酒売り、瞽女の莚、放下師、足駄売り、鏡研ぎ、庖丁師、何の前にでも、一応はちょっと佇んで、またせかせかと歩きだした。