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あな

穴

黒島 伝治

1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页

青空文庫

彼は「何をするのだ! 俺がどうして斬られるようなことをしたんだ!」と、叫んでいるようだった。

栗島は、次の瞬間、老人が穴の中へとびこんでいるのを見た。それはとびこんだのではなかったかもしれなかった。ころげこんだのかもしれなかった。老人は、切断された蜥蜴の尻尾のように穴の中ではねまわった。彼は大きい、汚れた手で土を無茶くちゃに引き掻いた。そして、穴の外へ盲目的に這い上ろうとした。「俺は死にたくない!」彼は全身でそう云った。

将校は血のついた軍刀をさげたまゝ、再び軍刀をあびせかけるその方法がないものゝように、ぼんやり老人を見た。

兵卒は、思わず、恐怖から身震いしながら二三歩うしろへ退いた。伍長が這い上って来る老人を、靴で穴の中へ蹴落した。

「俺れゃ生きていたい!」

老人は純粋な憐れみを求めた。

「くたばっちまえ!」

通訳の口から露西亜語がもれた。

「俺れゃ生きていたい!」

老人は蹴落されると、蜥蜴の尾のように穴の中ではねまわった。

それから、再び盲目的に這い上ろうとした。また、固い靴で、蹴落された。彼は、必死に力いっぱいに、狭い穴の中でのたうちまわった。

彼は、右肩を一尺ばかり斬られていた。