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はだいろのつき

肌色の月

久生 十蘭

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页

青空文庫

こういう死にかたをすれば、どんなみじめな扱いを受けるものかということを、久美子はつくづくと思い知らされ、死にたくなればいつでも死ねるという高慢な自負心がひとたまりもなく崩壊した。

久美子が郷里の小学校にいるころ、生涯の運命を決定するような痛切な事件があった。土用の昼さがり、帷子を着て縁に坐っていた父が手を拍ちあわせながら叫んだ。

「ほい、これはまあ見事なもんや。どこもかしこも菜の花だらけじゃ」

草いきれのたつ庭先には荒々しい青葉がぼうぼうと乱れを見せて猛っているだけで、どこをみても菜の花などはなかった。

「お父ん、なにをいうとるなん? 土用に菜の花などあるかしらん」

「そうかのう。俺には菜の花が咲いてるように見えるがの」

間もなく父は黄疸になった。全身からチューリップ色の汗を流してのたうちまわり、夜も昼も絶叫して、阿鼻叫喚のうちに悶死した。

癌だった。原病竈は不明だが、最後は肝臓に転移して肝臓癌で死んだ。祖父も父の兄弟もみな癌で死んだ。父は癌は遺伝しない。俺だけは癌では死なぬといい、久美子も久美子の母も、そうあるように心から祈っていたが、その父も不幸な死の系列から遁れることができなかった。