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えんしょ

艶書

山本 周五郎

「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页

青空文庫

四

さしている傘の紺色に染まって、七重の顔はあやしいほど美しかった。におやかに微笑したその美しい表情を見たとき、彼は自分が七重を愛していることに気づいた。

――そうだ、おれは七重を愛していた。

出三郎は心の中でそう叫んだ。

――ずっとまえからおれは七重を愛していたんだ、笠井の秘密を告げようと思ったのは、七重のためではなく嫉妬かもしれない、そうだとすれば話すのは卑劣だ。

出三郎は背筋が汗ばむのを感じた。

「ずいぶんおめにかかりませんのね」七重が近づいて来ながら云った、「わたくし幾たびもお呼びいたしましたのよ」

四

出三郎は苦しそうに笑いながら云った。

「おめでとう、お輿入れだそうですね」

「まだ早いからって断わったんですけれど」と七重は云った。

「向こうでは待てないっておっしゃるし、兄もしつこくゆけって云うものですから、とうとう承知してしまいましたの」

「ではまもなく祝言ですね」

「この二十八日ですって」七重はじっと彼の眼をみつめた。

「――お呼びになったのはそのことですの」

「ええ、まあ、――そうです」

出三郎はまた背筋の汗ばむのを感じた。言葉が喉までつきあげてくる、話してしまえ、いやだめだ、話すほうがいいぞ、だがそれは卑劣だ、そんな自問自答が、頭の中でくるくると渦を巻くように思えた。