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えんしょ
艶書
山本 周五郎
「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页
彼は忠也に隠し子のあることを知っていた。
忠也が新柳町の花街で遊ぶことはまえに記したが、そこの「稲村」という料亭の娘が忠也の子を産み、すでに三つになるし、笠井家から月々の手当がいっているということを、出三郎は知っていたのである。
――知らずに嫁にいって、あとでわかったら、七重はどんなに苦しむだろう。
そう思うと出三郎にはたまらなかった。
「話さなければならない」と彼は自分に云った、「そのうえで七重が嫁にゆくならいいが、知らないままでやっては可哀そうだ、おれがその事実を知っていて話さないという法はない」
彼はそう決心した。他人の秘事をもらすことがいいか悪いか、そんなことは考えもしなかった。そしてすぐに、七重に会うために庭へ出ていった。
かなり久しく呼びあわなかったので、鳩の鳴きまねにも疎くなったものか、七重が出て来たのは三日めのことであった。それはけぶるような五月雨の午後で、新村邸の梅林には、雨にぬれたこまかい葉蔭に、うれた梅の実が点々と眺められた。七重は菖蒲の模様の着物を着て、素足に高足駄をはき、傘の蔭から微笑しながらこっちへ来た。出三郎は身ぶるいをした。