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えんしょ

艶書

山本 周五郎

「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页

青空文庫

、ここへ来て、そんな手にはめられてたまるもんか、おれは先手を打って、病気退職の願いを出したというわけさ」

「よくお許しがありましたね」

「ばかだね――」半兵衛はびっくりしたような眼をした、「よくお許しが出たって、こんなことが事情を御存じなしに許されると思うのかい」

「すると、殿もそのことは」

「おれは十年まえから工作していると云ったろう、聞いていなかったのか」半兵衛はこう云って盃をさした、「まあ飲もう、あの艶書のぬしの健康を祈ってね」

その年の六月に竹内式部の事件が起こって、世間がかなり騒がしかった。式部は越後の人で垂加流の神学軍学をよくしたが、その説くことが皇室を尊崇しするどく幕府を難ずるので、ついに捕縛されたうえ、同じ七月には式部とは共謀の嫌疑で十七人の公卿も罰せられた。

――幕府顛覆の陰謀があった。

そういう評判がひろまり、世間はいちじ相当な不安と緊張におおわれた。

九月になってまもないある日、半兵衛は出三郎を掬水楼へ誘った。そこは城下町から南へ二十町ばかりはなれた、やはり松屋川にのぞんだ料理茶屋で、鯉の料理が名物だし、離れ座敷には滞在する設備もあって、保養にくる客も少なくなかった。