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えんしょ
艶書
山本 周五郎
「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页
八
――出三郎はその男の襷をはずし、両手をうしろへまわして縛った。鳴物の音に気がつくとともに、負傷者のうめき声や、苦しそうな呼吸も聞こえはじめた。
「ああ――」と出三郎は身ぶるいをした。
「笠井忠也が」
彼は汚れた足袋のまま座敷へとびあがっていった。
覆面を切りさかれた男は両脚を投げだし、右の太腿を両手でつかみながらうなっていた。そのまわりはいちめんの血である。「笠井じゃないか」出三郎はこう云ってのぞいた、男はこっちを見あげた。紙のように白い、やせたゆがんだ顔である。馬廻の某とかいう若者で、笠井忠也ではなかった。しかしその男は云った。
「笠井はあっちです」
舌がもつれるのでよく聞こえなかった。
「初めに斬られて」とその男は云った、「庭へ落ちたはずです、庭へ落ちるのを見ました」
出三郎はすぐに引き返した。
八
沓脱ぎ石にもたれて、居眠りをしているような男が、笠井忠也であった。胴をやられたらしい、左手で脇腹を押え、石にもたれたままはっはっとあえいでいる。鼻をつくような血のにおいであった。
「笠井、しっかりしろ」出三郎は耳のそばでどなった、「いま医者が来るぞ」
だが返辞もなし、聞こえたようでもなかった。