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えんしょ
艶書
山本 周五郎
「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页
と七重は続けた、「でもわたくしはかえって悪いような気がいたしますわ、あのまま笠井にいれば、不幸になった御両親のお世話もできたし、よそにいるお子を引き取ってめんどうもみてあげられたのですから」
「いや、そうはさせません」と出三郎が云った、「私がそんなことはさせませんよ」
七重は眼をみはって彼を見た。出三郎の口ぶりがあまりに強かったからである。彼は坐り直して、七重の顔をじっとみつめた。
「隠さずに答えてください、七重さん、八年まえの宵節句に、私の袂へ手紙を入れたのはあなたでしょう」
七重はさっとあおくなり、激しく頭を振りながらどもった。
「いいえ、いいえそんなことは」
「正直に云ってください」彼はさえぎってたたみかけた、「今日の手紙とあのときのを比べてみました、両方を並べて筆跡を比べてみたんです、それでもあなたは違うと云うことができますか」
七重は身をふるわせ、なにか云いかけたが、両手で顔をおおって彼からそむいた。
「やっぱりそうだった、やっぱり」
出三郎はうめくように云い、眼をつむりながら深く息を吸った。
「私はよく覚えている、私はいまはっきり思いだすことができる」