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はないくとせ
花幾年
折口 信夫
「旅 第二十一巻第四号」1947(昭和22)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,442 字 · 5 页
そう言う気で、前年の不足を、一度でとり返すつもりで行くものらしい。去年などは、永年住んだ大阪の家を失って、和泉と河内とに住み分れている弟たちを誘うて上ったものである。ところが何と、山はまだ早過ぎて下の千本が、半開という程度であった。この年とって家を離れた弟たちに、のびのびとした、併し何処までもしんとした山中で、静かなことの幸福を思わせようと望んでいた私の考えが、とりわけ駄目だったので、翌朝山を下って、私は京都へ、弟たちは大阪の方を向いて、別れ別れになって帰った。近年頻りに花の吉野へ行くようになったのには、まだ一つ訣があった。
「折口君。君は吉野はよくお出でのようだから、一度案内してくれませんか。わたしも、珍しい処の花時ばかり歩いて、却て花時の吉野を見ていないのだよ。」私にとっては、三十年来の師匠柳田国男先生が、言い出されたのは十八年の三月頃のことだったろうか。日本国中一度も足を入れられたことのない郡などはない筈の先生も、平凡な花の山の吉野に行って見られたことがなかった。まだ足腰の自由な内に、花の吉野を見ておこうと思い立たれたのであった。後で思うと、その時、私は睫の濡れるほど、感激して居た。