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きくづきよ

菊月夜

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館 、1944(昭和19)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,129 字 · 32 页

青空文庫

しかしむろん今それが重大ではない、重荷が二重になったとしても、まずなすべきことがあるのだ。

「……よくわかりました」信三郎は感謝をこめていった、「なにも申上げずにご厚志を受けましょう、すべてはことが終ったあとに……」

「はい」絢子は堪えがたそうに頭を垂れ両手をついた、華燭の宵をこめて、雨はなおしとしとと降りしきっていた。

月が変ると彼は重臣の列に加わり、大目附の職についた。大目附は格違いであるが、新任の重職として特に兼務を命ぜられたのである。監察権はすでに彼の手にはいった。安倍孫太夫を中軸とする重臣たちの手から、高力系の秕政の調書がつぎつぎと集ってくる。このあいだに彼自身は大目附の記録を調査し、疑問に当ると年次を十年までさかのぼって克明に検討した。しかしこれらの調べから得たものはほとんど取るに足らなかった。一つ一つを取れば私曲の歴然たるものが、つきつめてゆくと巧みに遁げみちが備わっている、甲を捉えると乙に繋がり、それがさらに丙へ続いてすべてを消し去ってしまう。どこにも遁げみちがあり、抜け穴が作ってあった。……信三郎は舌を巻いた。人間のすることには必ずどこかに失策を遺すものだ、十年にわたって詳細に検討されれば、いかなる人間も無垢ではあり得まい、ことに政治にはその時その時の方向と目的があるもので、後から批判して