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きくづきよ
菊月夜
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1944(昭和19)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,129 字 · 32 页
八
八
小房は面を掩って噎びあげた。信三郎はややしばらく泣くままにさせておいたが、やがて、
「……今日これから、評定所において忠左衛門が切腹をします、小房どの、そのおりあなたに介錯の役を勤めてもらいたいのです、表向きには許されませんが、老職がたの諒解を得ておきました。どうか支度をしてください」そう云って小房の眼を見た。小房はその言葉を解しかねるように、じっと信三郎の顔を見まもっていたが、ようやく意味を覚ったらしい。
「……ありがとうございますが、それはご辞退を申しとう存じます」と云った。
「どうしておいやだと仰しゃる……」
「おぼしめしはよくわかります、父の恨をひと太刀酬わせてくださる、……ありがとうございますけれど、父は私の怨で死んだのではないと存じますし、わたくしも父の仇という気持はございません、そういう気持をもってはならないと存じます、ご親切はもったいのうございますが、ご辞退を申します」
「……まさしく」信三郎はふかく頷いた。「仰しゃるとおりです、よくそこまでお考えになった、失礼ながらおりっぱだと思います、そこでもう一つお話があるのですが、……」
小房の眼がふと狼狽の色をみせた。