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きくづきよ
菊月夜
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1944(昭和19)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,129 字 · 32 页
四
そして盃のはじまる頃から、戸外はしずかな雨になっていた。
四
宴が果て客たちが帰り去って、新婚の寝間へ案内された信三郎は、金屏をめぐらした美しい褥を前にして、窮地へ追い詰められた者のように息を詰めた、……雪洞の光をうつした金屏の表にまざまざとうかぶ俤がある。心ではふり捨てたと信じながら、その部屋の美しく清浄な色彩を前にすると、どうしようもない感情が胸にあふれ、かなしい人の身の上があらためて切なく思いやられるのだった、――みれんな、彼はそう自分を叱りつけ、心を鎮めようとしてじっと雨の音に聞きいった。
したくを直した絢子が、安倍夫人に手をひかれてはいって来た。安倍夫人が新夫婦の未来を祝って去ると、あとは二人だけが燭を中にして相対した。軒をうつ雨の音の、一つ一つを聞きわけながら、信三郎はしだいに心の苦しさを抑えかねてきた、すると絢子が囁くようなこえで、
「……もうしばらくご辛抱をおねがい申します」そう云った、「家人が寝鎮まりましたら、わたくしあちらへまいりますから……」
信三郎はちょっとその意味を解しかね眼をあげて新妻を見た、美しく化粧をした絢子の顔は紙のように白く、双眼にはいっぱい涙が溜っていた。