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きくづきよ
菊月夜
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1944(昭和19)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,129 字 · 32 页
六
小房は母親とともに、身の危険を察していち早く城下をたち退いた。二人は酒田の港の裏町に隠れて時期の来るのを待っていたが、心の痛手と境遇の激変がこたえたものであろう、母親は去年の秋の末に病歿してしまい、小房はただ独りのよるべなき身となった。……むろんそんなことで心は挫けはしなかったが、藩の情勢が少しも変らず、高力系の手がひそかに自分を捜索していて、いつ彼らに捉るかわからないありさまだったので、ついに意を決し、父に代って忠左衛門を討つべく、身をして高力邸へ忍び込んだのであった。
六
「まことにお恥かしゅうございますが、父と同様わたくしも仕損じました、それで狂人を装いまして、命だけはとりとめ、この牢舎につながれていたのでございます」小房はちょっと息をついて云った。
「ここへ押籠められて半年あまり、もうだめか、もう死のうか、幾たびそう思ったか知れませぬ、けれどもわたくしが死んでは父の志も無になり、母上にもどんなにか無念におぼしめしましょう、いいえ、それより御家の奸をそのままにしておく不忠はのがれられません、……命のつづく限りは生き延びて、よき折のくるのを待つのが道だ、そう存じまして耐え忍んでまいりました、佐垣さま、おわかりくださいますでしょうか」