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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
彼女よりももっと痛めつけられている身体でもって、傷いた翼でもっともっと翔けようとしている鳥のように、自分の生を最後まで試みようとしている、以前の彼女だったら眉をひそめただけであったかも知れないような相手の明が、その再会の間、屡々彼女の現在の絶望に近い生き方以上に真摯であるように感ぜられながら、その感じをどうしても相手の目の前では相手にどころか自分自身にさえはっきり肯定しようとはしなかったのだった。
菜穂子は自分のそう云う一種の瞞著を、それから二三日してから、はじめて自分に白状した。何故あんなに相手にすげなくして、旅の途中にわざわざ立寄って呉れたものを心からの言葉ひとつ掛けてやれずに帰らせてしまったのか、とその日の自分がいかにも大人気ないように思われたりした。――しかし、そう思う今でさえ、彼女の内には、若し自分がそのとき素直に明に頭を下げてしまって居たら、ひょっとしてもう一度彼と出逢うような事のあった場合、そのとき自分はどんなに惨めな思いをしなければならないだろうと考えて、一方では思わず何かほっとしているような気持ちもないわけではなかった。……
菜穂子が今の孤独な自分がいかに惨めであるかを切実な問題として考えるようになったのは、本当に此の時からだと云ってよかった。