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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

……

菜穂子は、圭介が雪を掻き分けながら帰えるのをうす暗い玄関に見送った後、その儘硝子戸に顔を押しあてるようにして、何か化け物じみて見える数本の真白な棕梠ごしに、ぼんやりと暮方の雪景色を眺めていた。雪はまだなかなか止みそうもなかった。彼女は暫くの間、今の自分の心の内と関係があるのだかないのだかも分からないような事をそれからそれへと思い出しては、又、それを傍からすぐ忘れてしまっているような、空虚な心もちを守っていた。それは何もかもが片側だけに雪を吹きつけられている山の駅の光景だったり、今しがたまで見ていたのにもうどうしてもそれを何時見たのだか思い出せない何処かの教会の尖塔だったり、明の何かをじっと堪えているような様子だったり、喚きながら雪投げをしている沢山の子供達だったりした。……

そのとき漸っと彼女が背を向けていた広間の電灯が点ったらしかった。そのために彼女が顔を押しつけていた硝子が光を反射し、外の景色が急に見にくくなった。彼女はそれを機会に、今夜この小さなホテル――さっきから外人が二三人ちらっと姿を見せたきりだった――に一人きりで過さなければならないのだと云う事をはじめて考え出した。