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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
菜穂子の追記
――私はお前の心を閉じてしまわせずに、そこのところをよく分かって貰うためには、どういうところから云い出したらいいのであろうか。いまからその言葉を用意しておいたって、それを一つ一つお前に向って云えようとは思えない、――それよりか、お前の顔を見てから、こちらが自分をすっかり無くして、なんの心用意もせずにお前に立ち向いながら、その場で自分に浮んでくることをその儘云った方がお前の心を動かすことが云えるのではないかと考えた。……そう考えてからは、私はつとめてお前のことから心を外らせて、自分の頭上の真黄いろな楡の木の葉がさらさらと音を立てながら絶えず私の肩のあたりに撒き散らしている細かい日の光をなんて気持がいいんだろうと思っているうちに、自分の心臓が何度目かに劇しくしめつけられるのを感じた。が、こんどはそれはすぐ止まず、まあこれは一体どうしたのだろうと思い出した程、長くつづいていた。私はその腰かけの背に両手をかけて漸っとの事で上半身を支えていたが、その両手に急に力がなくなって……
菜穂子の追記
此処で、母の日記は中絶している。その日記の一番終りに記されてある或秋の日の小さな出来事があってから、丁度一箇年立って、やはり同じ山の家で、母がその日のことを何を思い立たれてか急にお書き出しになっていらっしった折も折、再度の狭心症