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おちばのとなり
落葉の隣り
山本 周五郎
「小説新潮」1959(昭和34)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,877 字 · 57 页
盃を持つ手がふらふらし、盃の酒がこぼれた。繁次は肱を突いた左の手で顔を支え、なにかを耐え忍ぶように唇を噛んだ。
「――落葉に雨の音を聞く」
三人伴れの向うの客の一人が、いい声でうたいだし、その伴れがやじを入れたので、唄はそれっきり聞えなくなった。
「なつかしいな」繁次は眼をつむった、「あの人はおつぎといったっけ、――もうすぐよって、こういう気持がわかるようになるには、学問も金もいらないからねって」
そうだ、学問もいらず金をかけなくっても、いつかはみんなそういう気持を味わうときが来るんだ。いまから思うと、おれはもうあのとき、ああいう気持がわかっていたらしい、だからあの唄ばかりうたってたんだ。へ、だらしのねえやつだ、と彼は思った。
「もう忘れちゃったなあ」繁次は眼をつむったまま、さぐりさぐり、口の中で低くうたいだした、「――落葉に雨の音を聞く、隣りは恋のむつごとや……」
彼はつむった眼にぎゅっと力をいれた。
「あたしその唄だい好きよ」と女が云った、「あとを聞かして」
女が戻って来たのを知らなかったので、繁次は吃驚し、盃の酒をまたこぼした。女は布巾で台の上を拭き、燗徳利を取りあげた。