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あしはみていた

葦は見ていた

山本 周五郎

「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 页

青空文庫

二

――葦たちは、まるでいまの出来事を互いに囁き交わすかのように、片向きに揺れてはさやさやと葉ずれの音をたてていた。

二

明くる朝の午前五時まえ、――

観音寺の丘の上で、杉丸東次郎が藤吉計之介の来るのを待っていた。そこは寺のうしろにある平らな丘で、晴れていれば、前方には寺の大屋根や鐘楼を越して、城下町と城のある鶴ヶ岡の森が見えるのだが、濃い朝霧が視野を掩っているため、寺の屋根も鐘楼もおぼろにしか見えない。丘のうしろは雑木林の繁った斜面で、その下は熊井川の流れである。熊井川は観音寺の丘陵の北端をまわり、大きく迂曲して、そこにひろい淀みをつくっており(これも晴れていれば)その淀みや、対岸の街道や林野が眺められるのであるが、いまは川そのものさえ、灰白色の帷に遮られて見えなかった。

「いやだめだ、もうとうていむだだ」東次郎は首を振りながら呟いた、「思いきってやるほうがいい、さもなければ武士として破滅するばかりだ、思いきってやるほうが友情だろう」

彼は丘の向うを見た。

空が明るくなり、静かに風が出て、さっと霧が巻きあがった。東次郎は刀の下緒を外し、それを襷にかけると、ふところからたたんだ晒し木綿を出して、しっかりと額に汗止めをした。