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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
があるためではないか。その点ででんでん物の旧劇は民衆的であると云える。どの狂言にも代々の名優の工夫に成る一定の扮装、一定の動作―――所謂「型」が伝えられているから、その約束に従い、太夫の語るチョボに乗って動きさえすれば、しろうとたちでも或る程度までは芝居の真似事をすることが出来、見物人もその型に依って檜舞台の歌舞伎役者を連想しながら見ていられる。田舎の温泉宿なぞで子供芝居の余興があったりするとき、教える方もよく教え、覚える方もよくまあこれだけに覚えたものだと感心することがあるけれど、めいめいが勝手な解釈をする現代劇の演出と違って、時代物は依りどころがあるだけに却って女子供にも覚え易いのかも知れない。活動写真などのなかった昔は、やはりそれに代るような便利な方法があったのである。取り分け僅かな設備と人数とで手軽に諸所を興行して歩ける人形芝居は、どれほど地方の民衆を慰めたであろう。こうして見ると旧劇と云うものはずいぶん田舎の隅々にまでも行きわたって、深い根底を据えていることが察せられる。―――
要は朝顔日記の中では誰でも知っている宿屋の段と川留の段とを見たことがあるだけで、「ひととせ宇治の螢狩り」