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しじみだに
蜆谷
山本 周五郎
「新読物」公友社 、1947(昭和22)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,957 字 · 28 页
初めにみつけたのはげん女で、いきなり「弥之助」と叫びながらはね起きた。ひじょうな力でとびついてゆこうとする、押し止めた庄屋と名主をずるずるひきずるくらいだった。ようやくとり鎮め、弥之助の座もきまるとやがて正面の広縁へ四五人の武将があらわれた、みな腹巻姿であるが、なかに一人だけ白い大口を着けている人物がいた。背の低い、肩のいかった眼の大きい精悍な風貌である、「自分は吟味奉行井伊又左衛門である」その人はよくとおる声でこう云いだした。そして村役たちやげん女の名を呼びあげ、弥之助を見知っているかとたずねた。みんなは相違ないことを答えた。又左衛門はそこで川延源兵衛に呼びかけ、そのほうは娘を弥之助の嫁につかわしてあるかとたずねた。
「弥之助はさように申しているがどうだ」
「恐れながら」源兵衛ははげしく頭を振り、けんめいな声でこう答えた、「いったん嫁につかわしたことは事実でございますが、一年以前に弥之助母と談合のうえ離縁をつかまつりました、これは村一統よく承知しております、ただ今ではいささかの縁もござりません」
「良人たる弥之助の留守ちゅう、その承諾なしに妻を離縁するというのは不審に思うが」