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しじみだに
蜆谷
山本 周五郎
「新読物」公友社 、1947(昭和22)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,957 字 · 28 页
弥之助は四十日ほど前に嫁をもらっていた、村名主をつとめ、川延源兵衛と苗字をゆるされた旧家の三女で、名をお直といい十七歳だった、嫁の実家が庄屋に次ぐ旧家なので、三人のなかでもとりわけ彼は騒がれたし、「あとのことは心配するな」という言葉も信じていいと思ったのである。……しかしたたかいは負けいくさになった、彼はもちろん合戦の経緯などわかりようがない、はじめ荷駄に使われたのを、間もなく又二郎とふたり槍足軽にあげられ、関ヶ原の陣に加わった。九月十五日の合戦には槍をふるって敵とたたかいもしたが、これとてもまったく夢中といっていい、揉みかえす旗さし物の渦やひらめく槍かたなのすさまじい光や、があっがあっとしか聞こえない叫喚の声が、おぼろげな印象に残るくらいである。あとは雨あがりで戦場がひどくぬかり、進むにも退くにもひどく苦労だった、そのことだけはふしぎなほどはっきり覚えている……負けいくさになり、くずれだしたとき又二郎が討死した、背中から胸へ銃弾で射抜かれたのである、それからは敗走する兵といっしょに北へ逃げ、西へ逃げ、ちりぢりばらばらになって、方角も知れずうろつきまわった。